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「東京に住むなら、“東京といえば”の街に住んでみたくて」

そう話す彼女の言葉には、少しだけ照れくささが混じっていた。けれどその奥には、上京というひとつの節目に対して、自分なりの“意味”を与えようとした意思のようなものが、確かに感じられる。
彼女が住む街は都心の繁華街から一歩離れた場所にある。
多くの人が思い浮かべる、あの街。にぎやかで、どこか雑多で、昼と夜でまったく違う表情を見せる場所。それでいて、一本路地に入れば急に静けさが訪れ、生活の匂いがふっと立ち上がるような、不思議なバランスを持っている。
銀行で働く彼女の生活は、時間で区切られているようでいて、決して無機質ではない。日中はオフィスで仕事に向き合いながらも、帰宅後や休日には、自分の“好き”にしっかりと時間を割く。その切り替えのリズムが、この街の持つ振れ幅と、どこか重なっているようにも思えた。

「休日は結構予定を入れちゃうタイプですけど、予定がない日もちゃんとあるんですよ。そういう日は、朝起きて、とりあえずコーヒー淹れて、レコードかけて。何もしない日って、意外と大事じゃないですか。その“何もなさ”をちゃんと楽しめる場所にしたかったんです、この部屋を」

今の住まいとの出会いは、理屈よりも感覚が先に立つものだった。
「いろいろ見てたんですけど、“ここがいい!”っていうより、“この部屋かわいすぎる”ってなって」
その一言に、すべてが集約されている気がする。
天井に残されたコンクリートの質感。
やわらかく光を受ける明るい木目の床。
そして、あえて余白を残したような設計。
それらはどれも主張しすぎず、それでいて確かな個性を持っていて、“どう使うか”を住む人に委ねてくる。
「打ちっぱなしっぽい天井も好きだし、この明るい木の感じもすごく好みで。。実はもうひとつ迷っていた部屋があったので、REISM担当者さんに無理言ってどちらも見せてもらってずっと『どうしましょう』って相談してました。で結局こっちに(笑)」
彼女はそう言いながら、部屋をぐるりと見渡す。
「あと、“ここに何を置こうかな”って想像できたんですよね。この棚も可愛くて。“絶対ここに何か飾るの楽しいな”って思って」
“想像を膨らませてくれる余白”があること。
それが、この部屋を選んだ大きな理由だったのかもしれない。
部屋に入ってまず目を引くのは、中央に置かれたガラスの食器棚だ。

光をやわらかく透過させながら、視線を完全には遮らず、それでいて空間に明確な“境界”を生み出している。
それは単なる収納ではなく、暮らしを編集するための装置のようにも見える。
「これ、カウンターみたいにしたくて。結構大きかったので部屋に入れるの苦労したんですけど一番お気に入りの家具です」
彼女はそう言いながら、棚に軽く手を添える。

「部屋のカフェ化計画してて。カウンターが欲しかったのと、お皿も好きだから、
“見せる収納”ができるものを探してました」
少し間を置いて、笑う。
「置いてみたらより一層お店みたいだなって!もう、永久プレオープンですけどね。ずっと準備中みたいな(笑)」
棚の手前にはキッチン。
その奥にリラックススペースがあり、さらにその先にベッドスペースが続く。
壁で仕切るのではなく“用途でゆるやかに分かれている”構造。
それが、この部屋に流れる空気をやわらかく保っている。
「これ一つあるだけで、空間がちゃんと分かれるんですよね。でも閉じないから、全部つながってる感じもあって気に入ってます」

彼女の生活は、コーヒーを中心にゆっくりと回り始める。
「引っ越してきた時に最初に開けた段ボール、コーヒーミルとケトルでした」
そう言って笑うその表情からは、それが冗談ではなく、本気であることが伝わってくる。
「引っ越してきて、まず“コーヒーを淹れられる状態”にしたくて。それが整わないと、なんか落ち着かなかったんです」
キッチンには、用途ごとに選ばれた器具が整然と並んでいる。
それらは“道具”であると同時に、彼女のこだわりそのものでもある。

「ドリッパーも何種類かあって、紙と金属でも味違うし、陶器かどうかでも変わるんですよコーヒーって」
少し考えながら、言葉を探すように続ける。
「なんか…正解はないんですけど、その日の気分で変えられるのが楽しいんですよね」
そして、レコードに針を落とす。
「“カフェの始まりの音”みたいで好きなんです、この瞬間」
静かに広がる音と、立ち上るコーヒーの香り。
それらが混ざり合うことで、この部屋は“ただの住まい”から、“居続けたくなる場所”へと変わっていく。
彼女の暮らしの中心にある“コーヒー”は、ある一軒のカフェから始まっている。

「神戸にあるカフェケシパールっていうお店なんですけど。大学のときにお客さんで行って、“コーヒーとチーズケーキのマリアージュ”っていうメニューがあって」
ゆっくりと思い出すように、言葉を重ねていく。
「そのとき、ブラックコーヒーが飲めるようになったんですよ。それまで飲めなかったのに、“あ、美味しい”って思えて。で、“ここで働きたい”って思ったんです。募集してなかったんですけど、自分から連絡して」
「“もうちょっとしたら募集するから待って”って言われて、本当に待って、応募して」
その行動の背景にあるのは、衝動というよりも、“確信”に近いものだったのかもしれない。
「そこが原点なんですよね。コーヒーも、器も、空間も。だからお部屋もそんな空間にしたいなって」
部屋のあちこちに、その記憶は静かに息づいている。


「これ、バイトしてたときに最初に買ったお皿で。ちょっと欠けてるんですけど、ずっと使ってます。なんか、手放せないんです」


ガラスの食器棚に並ぶ器たちは、それぞれが異なる背景を持ちながら、不思議と調和している。
「同じ作家さんじゃなくて、いろいろなんですけど。でも、並べたときに“なんか合うな”っていうのがあって」
ひとつひとつに視線を向けながら、
それは理屈ではなく、感覚の積み重ねによるものだ。
「“このお皿にはこれを乗せたい”とか、そういうの考えるのも楽しいんです」
そしてこの空間は、ひとりのためだけに閉じているわけではない。

「REISMの人たちとコーヒー会やったりもしてて。みんなでお菓子やコーヒー豆を持ち寄って、普通にお店みたいになるんですよ。これは他の入居者さんに教えてもらった紅茶のリキュールです。コーヒーカクテルを作る域には達していないので作れないんですけど(笑)」
「誰かが来たら、ここに座ってもらって、私はこっちでコーヒー淹れて。『お店じゃん』ってよく言われます(笑)でも、それがやりたかったんですよね」
“好き”を共有できる仲間に出会えるのも、入居者同士で交流する機会があるREISMならではだ。
この部屋には、彼女の“好き”が点在している。
けれどそれは、無秩序に並べられているのではなく、彼女自身の記憶や感覚によって丁寧に配置されている。



コーヒー、器、音楽、花。
そのすべてが、過去と現在をつなぎながら、この空間を形づくっている。
「ずっと居られる場所にしたかったんです」
その言葉は、とても静かで、それでいて強い意志を持っていた。
「外のカフェも好きだけど、自分の部屋でも同じくらい心地よく過ごせたらいいなって。むしろ、出たくなくなるくらい(笑)」
“好きなものを集める”のではなく、
“好きなものの中で生きる”。
その選択が、この部屋にははっきりと現れている。

ここはまだ、永久プレオープンのカフェ。
けれどその未完成さこそが、彼女にとっての完成なのだろう。
コーヒーの香りが静かに満ちていくこの場所で、
彼女は今日も、自分の“好き”の中に、迷いなく居座り続けている。
Text: Taichi KodamaPhotograph: Hiroshi Yahata

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