File No.111Wasabi Y.Kさん work:マスコミ系

好きなものが地図になる部屋。世を追いかける記者の暮らし

この街に戻ってくる理由

夕方、街は少しずつ夜へと体温を変えていく。個人商店の灯りがにじみ、帰路につく人々の足取りがゆるやかになる時間帯。
その日ごとに少しずつ違う顔を見せるこの街を、どこか他人事のように、しかし確かに自分のものとして眺める彼女。



「最近読んでるのが『マンションポエム東京論』です。マンション広告のキャッチコピーがまるでポエムのようなので『マンションポエム』と呼ぶそうです。土地柄とコピーの関係とか見てると、どういう人にどういう夢見せたいのか、みたいなのが透けて見える、というのが社会学のようで面白いです」

この街に長く住み続けている理由も、どこか似ている。
華やかさやわかりやすい魅力ではなく、生活の輪郭がきちんと残っていること。

「この辺、ちょうどいいんですよね。生活がちゃんとあるというか、変にキラキラしすぎてない感じが好きで」

▲綺麗に整えられたデスク周り。上部には棚が設置されておりちょっとした小物をディスプレイできる(左上) 壁側に設置されたピクチャーレールにはお気に入りの洋服を(左下)

記者という職業柄、彼女は日々多くの情報と向き合っている。人の話を聞き、出来事を追い、世界の断片を拾い集めるような仕事。

だからこそ、帰る場所には余白が必要だ。

「外ではけっこう情報量多いので。帰ってくる場所は、ある程度フラットでいたいんですよね」

この街は、彼女にとって“帰ってこられる場所”であると同時に、
自分の感覚を取り戻すための静かな装置でもある。

REISMとの出会いは、生活の延長にあった

きっかけは、特別なものではなく日常の延長線上にぽつりと現れた。



「このマンションで工事してるって聞いて。もともとこの建物に住んでいたので、気になって見に来たんですよ。何ができたんだろう、くらいの軽い感じで内見させてもらって」

見慣れた建物に起きた小さな変化。
それに対する興味が、彼女をこの部屋へと導いた。

「あ、ここいいなって思いました。なんか、すぐ生活がイメージできたんですよね。完成されすぎてないのが良かったです、自分でどうにでもできそうな余白があるというか」

REISMの部屋は、過剰に完成された空間ではない。
むしろ、住む人によって完成していく余地を残している。

▲「作り込みすぎてないのが逆にリアルで、ちゃんと生活が乗る感じがしたんですよね」と自分好みに付け替えたライト(左上)や部屋のテイストに合わせてカバーをイエローにカスタムしたソファー(左下)がいいアクセントに

部屋を見渡すと——生活が自然に区切られている



部屋を見渡すと、まず感じるのは光のやわらかさ。
窓から差し込む自然光が、空間全体をゆるやかに満たしている。

そしてもうひとつ、この部屋を特徴づけているのが“仕切り方”だ。

壁ではなく、棚。
空間を断絶するのではなく、つなぎながら区切る設計。

「壁じゃなくて棚で区切ってるのがいいんですよ。完全に分けるとちょっと窮屈じゃないですか。でもこれだと、つながってる感じはあるけど、ちゃんと分かれてる。そのバランスがすごくちょうどよくて」

キッチン、食事スペース、リラックススペース、ベッド。
それぞれが明確に存在しながら、ひとつの流れの中にある。

この“ゆるやかな区切り”が、生活にリズムを生む。



「気づいたら自然にここでご飯食べて、奥で休んで、みたいな動きになってて。無理がないんです」
「ずっと同じ場所にいると詰まるんで。ちょっと移動するだけで、意外と切り替わるんですよ」

生活動線が設計されているというよりも、
自然と身体がその流れに沿って動いていく感覚。

それは、無意識のうちに心地よさをつくり出している。

仕事と生活が混ざり合う場所

朝、まだ街の温度が上がりきらない時間に部屋を出る。
キッチンで簡単に朝食を済まし、窓から差し込む光を一度受け止めてから、外へ出る。



この部屋で過ごす時間は、決して長すぎるわけではない。
けれど、その“短さ”がかえって、生活の輪郭をくっきりとさせている。

「記者は10年くらいやってて。今はちょっと部署が変わって、他の事業とかやってるんですけど」



日中は外に出て、人に会い、話を聞き、現場に立つ。
情報の流れの中に身を置き続ける仕事だ。

帰宅する頃には、頭の中にはいくつもの言葉や出来事が残っている。
それらはすぐに整理されるわけではなく、しばらく身体の中を漂う。

この部屋は、仕事の延長線上にある場所ではない。
むしろ、一度すべてをほどくための場所だ。

棚でゆるやかに区切られた空間の中で、
食事をとり、ソファに身体を預け、あるいは本を開く。

ひとつひとつの動作が、外でまとったものを静かにほどいていく。

▲Wasabiシリーズの中でも収納が多い部屋。至る所にフックや棚が設置されており洋服はもちろんバッグや小物置き場にも困らない

▲Wasabiシリーズの中でも収納が多い部屋。至る所にフックや棚が設置されており洋服はもちろんバッグや小物置き場にも困らない

「家ではあんまり仕事しないようにしてますね。どうしてもやるときはやりますけど。でも基本は、ちゃんと切り替えたいなって思っています」

外で広がった思考を、そのまま持ち込まない。
この部屋で過ごす時間は、情報を積み上げるためではなく、
それらを沈殿させるためにある。

だからこそ、空間の区切りや、光の入り方が効いてくる。どこに座るか、どこで過ごすか。
その選択が、そのまま思考の温度を変えていく。

外で“世界”に触れ、内で“自分”に戻る。

その往復のリズムが、この部屋の中で静かに整えられている。

部屋のあちこちに置かれている“好きなもの”

部屋の中には、明確な“主役”があるわけではない。
けれど視線を動かすたびに、小さな引っかかりがある。



本、雑誌、楽器、そしていくつかのオブジェ。
どれも強く主張するわけではないが、確実にそこに“理由”を持って置かれている。

「気づいたら増えていきますね(笑)。仕事の資料もあるし、普通に読むのも好きで。ジャンルもバラバラなんですけど。それが逆にいいかなって」

そして、その中にひとつの原点がある。

「これ、『タンタンの冒険』なんですけど‥」



▲ベルギー発の漫画「タンタンの冒険」。少年記者・タンタンが世界中を飛び回る様子を描く。赤白チェックのロケットは漫画内でタンタンが宇宙に行った時に登場したものの置物

手に取ったのは、小さなロケットの置物。

▲丁寧に本棚に保管しているタンタンの本誌。様々なシリーズがありタンタンが見る世界各国の様子や冒険が描かれる。幼少期からこれを読み本の中で世界中を旅していたと彼女は言う

「この主人公に憧れて記者になりました。小さい頃から好きで、ずっと読んでて、世界を回る仕事っていいなって思ってたんですよね。単純なんですけど、それがきっかけです」

幼い頃に読んだ物語。ロケットの置物と一緒にダイニングスペースにはタンタンの絵が飾られている。

「ベルギーの漫画なんですけど。(スコットランドの)グラスゴーに留学していたので、その時いろいろヨーロッパを巡って、ブリュッセル郊外に作者の美術館があってそこに行った時のチケットを飾ってます」



そこに描かれていたのは、世界を旅し、事件に巻き込まれながらも前に進んでいくひとりの記者の姿。丁寧に額に入れて飾られた思い出は遠い世界への憧れ。それは今、現実の仕事として彼女の中に息づいている。

そしてもうひとつの表現が、音楽。



「ヴァイオリンもやってて。アイルランド音楽が好きなんです。たまにライブも出ます。みんなで演奏するが楽しくて」

さらに、生活の中にあるもうひとつの楽しみ。

「このテーブルスペース、結構気に入ってて友達呼んでご飯作ったりします。この広さ、ちょうどいいんですよね。詰め込みすぎず、でもちゃんと集まれる感じで。やっぱりこの棚があるのが仕切りとして機能していてちょうどいいのかな?」

人と時間を共有すること。

それもまた、彼女の暮らしの重要な一部だ。

こうして見ていくと、この部屋に置かれているものは、
単なる“趣味”ではないことがわかる。

過去の憧れ、現在の仕事、そしてこれから触れていく世界。
それらが点在しながら、ひとつの線としてつながっている。

タンタンから始まったその線は、いまも途切れることなく続いている。

そしてこの部屋は、その軌跡を静かに受け止める場所になっている。

自分をトレースするように暮らす

好きなものは、散らばっているようでいて、どこか一貫した線を描いている。

それは、彼女自身の軌跡でもある。



「部屋って、結構正直に出ると思うんですよ。自分が何が好きかとか、何を大事にしてるかとか。無意識に選んでるものが、そのまま残るというか。だから面白いですよね」

世界を見たいという衝動。
人と関わり続けたいという仕事。
音楽や時間を共有する喜び。

好きなものから熱を吸収し、エネルギーに変え原動力に落とし込む。

それらはすべて、この空間の中に具現化されている。

「ちゃんと自分の生活になってるなって思います。無理してない感じがいいというか」

ここから、またどこかへ

外の世界で得たものを、部屋に持ち帰る。
そしてまた、ここから外へと向かっていく。

その循環の中で、部屋はただの拠点ではなく、
自分自身を整える場所へと変わっていく。

「ここにいると、ちゃんとリセットできるんですよね。だからまた外に出る元気にもなります」



好きなものが点在し、それらが静かに自分を形づくる。

この部屋は、彼女の現在地であり、これから先へと続く地図のようなものだ。

世を追いかけるその足は、今日もまた、この場所から始まっていく。

Text: Taichi Kodama
Photograph: Hiroshi Yahata