カラー映画が主流の今、あえて白黒で撮影された映画がある。1920年代のハリウッドの映画界を舞台にした「アーティスト」、ティム・バートンの短編をセルフリメイクした「フランケンウィニー」、黒い雨を表現するためにモノクロで描いた「黒い雨」……。限られた色だからこそより世界観が引き立ち、物語に深みが増す。
今回訪れたMさんの自宅も、黒を基調にしたモノクロの世界が印象的。ただの黒の羅列と思うなかれ、そこには黒を愛する者だからこそのこだわりと、自身の心情が色濃く反映されている。
「中学生くらいから黒が好きになって、ヨウジヤマモトやY-3のような黒を基調にした服ばかり着るようになりました。この部屋は黒が映えると思ったので、家具や家電、雑貨にいたるまで、この部屋に合わせて黒をベースに新調したんです」
Mさんが越してきたのは、REISMのリノベーションシリーズの中でも高い人気を誇る「Kitchen」。部屋に入ると、ステンレス天板とホワイトタイルを組み合わせたスタイリッシュなカウンターキッチンがお目見え。黒のチェアを置いて、周りには黒とシルバーのアイテムが並ぶ。背面にはヴィンテージウッドの飾り棚が設置され、大好きだというお酒のほかにシェーカーやマドラー、黒の食器がずらり。白と黒のコントラストがなんとも気持ちがいい。
「この部屋を見つけたとき、実は海外にいて。旅行の最中だったんですけど、部屋のイメージ・広さ・立地、全て揃っていたので、逃しちゃいけないと思ってすぐに申し込みをして親に内見してもらったんです。実際に部屋を見た親がすごく気に入ってくれて、親公認で決めました(笑)。部屋を見る前に決めたんですけど、思った以上に気に入っています」
転職を決め、次の仕事までの休暇中にこの物件を決めたMさん。この部屋のコンセプトになっている黒を基調にした部屋にするまでに、色々と試行錯誤を繰り返したという。
「今の会社は働き方が割と自由で、自宅で仕事をすることも多いんです。集中して作業するのに、色が散らばってると気が散るなと思ったので、デスク周りは極力モノを置かずに黒で統一しました。とはいえ、黒だけだとなんだか味気ないので、実際のパンを使用したランプを飾ろうとしたんですけど上手くはまらなくて。今はデスクのオブジェになってます(笑)」
「ずっと座りっぱなしも体に良くないと思ったので、昇降できるFlexispotのデスクを購入しました。気分を変えたくて立って仕事するときもあります。チェアも同じところのものを買ったんですけど、長時間座っていても疲れないのでいいですね」
徹底した黒へのこだわり。でも、そこには快適に仕事をするという工夫もしっかり盛り込まれている。
「ベッド周りも黒を基調にしたかったので、マットレスに黒のカバーをして、グラフィティアーティストMAWさんのイラストが使用されたラグをベッドカバーにしました。黒地に白のイラストで重たくならないと思ったので。ラグではあるんですけどマルチに使えるものなので、物理的な重さもないですよ(笑)。黒への一番のこだわりと言ったら、キッチンかもしれないです。実は手作りしたものがあるので……」
そう言ってキッチンへ案内してくれたMさん。飾り棚の下に置いてあるキャスター付きのラックを覆い隠すように、黒い布のカバーが。
「調味料を入れるラックなんですけど、色が散漫してるのが嫌で自分でカバーを作ったんです。サイズを量って、実家に行ってミシンを借りて縫いました」
コンセプトがしっかり固まっているからこそ、妥協はしたくない。部屋の一部となっているそれぞれ の黒は、Mさんの想いがしっかりと込められていた。
並々ならぬ黒への愛を語ってくれたMさん。一つの物を好きになったら、とことんのめり込むのだという。それは黒以外にもあるのだとか。
「現代アートが好きで、休みの日には美術館によく行くんです。好きなアーティストの個展に行って、そこで気に入った絵を買うことも多いですね。部屋に入って真正面に見えるところに絵を飾っているんですけど、上の絵は2年くらい前に高円寺で開催されていた個展で買った松本セイジさんのもの。愛嬌あるキャラクターが可愛いんですよね。下に飾っているのは、漫画家でもある江口寿史さんのイラスト。GINZA SIXで個展をしてたときに購入しました」
黒が主体の部屋で、色を持つ個性的な絵は強い存在感を放つ。床には数々のアートブックが並び、その一角はちょっとしたアートスペースだ。
「部屋のそれぞれに、こだわりの空間を持つようにしているんです。キッチン横の壁には、イラストレーターの岡田成生さんの絵を飾っていて、こっちはシックにまとめました」
テイストの違う絵がモノトーンの空間に心地よい彩りを与え、ギャラリーのような展示の仕方もスタイリッシュな部屋と良く合っている。彩りといえば、キッチンの棚に置かれたカラフルなラベルのお酒も気になるが……。
「絵と同じくらい好きなのがお酒で。中でもジンが大好きで。友達がやっているバーに行くんですけど、ジンの種類が多いんです。そこでジンの美味しさを知ってしまって(笑)。家でも飲みたくて少しずつ集めていったら、気づけば棚いっぱいになってました。最近のお気に入りは、チャイの風味を感じるブラックチャイ‧ジン。その名の通り、チャイの甘みとスパイシーさを感じるジンで。基本はロックで飲むんですけど、トニックウォーターで割って飲むのも美味しんです。ちょっと飲んでみますか?」
棚からお気に入りのジンを取ると、グラスに氷を入れジンとトニックウォーターを注ぎ、慣れた手つきでかき混ぜる。上下黒の出で立ちで広々としたカウンターキッチンでカクテルを作る姿は、さながらバーテンダーのよう。
一口飲むと、チャイの甘い香りの中にキリっとしたジンの力強さを感じる。口当たりがやわらかでとても飲みやすい。
「柑橘系のジンは結構多いんですけど、チャイ風味って珍しいですよね。クセがないからすいすい飲めちゃうんで危ないんですけど(笑)。料理にも合うんで、ジンに合わせた料理を作ったりもします。最近では、水餃子によだれ鶏、酢豚も作りました。中華とジンって合うんですよ」
ジンを通して、料理をはじめたMさん。広々としたカウンターキッチンなら、料理をするのも楽しいに違いない。
ほんのりジンの酔いに包まれて、お気に入りの絵を眺めながら料理に舌鼓。この上ない贅沢な時間を満喫している。
この部屋に越して9ヵ月、黒のアイテムに囲まれ、好きな絵やお酒を楽しむ日々。満足度としては相当高いのでは?
「メインの部屋は結構満足してます。でも、まだスペース的に余裕があるので、もう少し何かアイテムを増やしてもいいかなとも思ってて。植物を置こうか悩んでます。あと、玄関入ってすぐに広めの土間があるんですけど、そこを活用できていないんです。何かしらのカタチにできたら良いなとは思ってるんですけど何もできていなくて。そこを充実させていきたいですね」
近い未来、土間には黒を基調としたアイテムを並べ、きっとお気に入りのスペースになっているに違いない。では、自身の未来はどうだろう。何か思い描くビジョンなどあるのだろうか。
「大学生のときからコーディングが好きで、その流れでエンジニアになったんですけど、ITとビジネスを合わせた何かをできたらって想いはあります。趣味である絵をからめてデジタルアートをやってみたいですね」
「この部屋に越して来る前に一人で海外に行っていたんですけど、ヨーロッパを中心にアートをめぐる旅をしたんです。それがすごく刺激になって。だから定期的に海外にも行きたいですね。ストリートアートが盛んなイギリスのブリックレーンは今一番行ってみたいところ。街中に描かれたグラフィックアートを実際に見てみたいです」
穏やかで落ち着いた口調で、熱い想いを語るMさん。ぼんやりとした色ではなく、その場を引き締め強い意志を持つ黒のように、そこには確固たる信念が含まれていた。
Text: Tomomi Okudaira
Photograph: Hiroshi Yahata
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