File No.81Wasabi R.Kさん work:会社執行役員

和モダン茶の間で、
甘味と旨味と小休止。

日本的なものを表現する際に使われる“和”。その一字には、日本の歴史や四季、匂いや質感といった風情が存在する。

古民家風のリノベーションシリーズ「Wasabi」は、古き良き日本の風情を随所に散りばめた“和”な造りが魅力。中でもKさんが住むこの部屋は、高さ2.7mの黒天井に梁を思わせる格子、一面のみ使用した若草色の壁に天井と同色の引き戸収納と、まるで日本家屋の一室のよう。

「和テイストが好きで、木や竹を使ったウッディーな部屋を探していたんです。リノベの部屋を中心に見ていたんですけど、イメージにぴったりな部屋があるなと思って。詳細を見たら職場からも近くて条件にぴったりだったので、すぐに内見を申し込みました。実際に部屋を見たら、高さのある天井に木の格子、木を使った引き戸収納……、和モダンな雰囲気がすごく良くて。すぐに入居を決めました」



この部屋に越して来るまで実家で暮らしていたというKさん。引っ越しを決めたきっかけがあったのだろうか?

「僕が猫アレルギーなのに姉が猫を飼うって言いだして(笑)。実家は父と母、姉と僕の4人で住んでいて手狭でもあったし、まぁ一人暮らしをする良いタイミングだと思ったんです。姉もこの部屋の内見に一緒に来ていたんですけど、『私が住む!』って言って僕以上に気に入っていましたね」

Kさんのお姉さんの一言がきっかけで出会えた「Wasabi」。木の豊かな香りを感じ、古民家のようでどこか懐かしさを覚えるこの部屋は、和テイストが好きなKさんにぴったりだ。

「初めての一人暮らしだったので理想に近いところに住もうと思ったんですけど、本来はそこまで“住”に重きを置いていなくて。衣食住って言葉があるけど、僕の場合は食住衣。食べることが何よりも大事で、一食一食を無駄にしたくないんです」

衣食住ならぬ、食住衣! そんなこだわりがあったとは。

「和洋中、エスニック……何でも好きだけど、特に和食が好きで。子どもの頃、冷凍食品が食べられなくて母が一から料理を作ってくれたので、そのおかげか素材の本来の味や風味の違いが分かるようになって。幼稚園の時に出汁が変わったことに気づいて、母親に『今日、出汁変えたね』って言ったことも。イヤな子どもですよね(笑)。食べることも好きだけど作ることも好きで、自分で出汁をとったりもしますよ」



そう言って、手慣れた手つきで出汁をとってくれたKさん。昆布と鰹節の優しい香りが部屋を包み込んでいく。部屋の造りも相まって、ちょっとした小料理屋に来たようだ。

「今は昆布と鰹節で出汁をとったんですけど、料理によって鯖節だったり鮪節を使うことも。手間はかかるけど繊細な味の違いを感じられるので、このひと手間を惜しみたくないんです」

Kさんにとって和食とは、ごちそうという存在だけではなく、季節や匂いといった風情を感じることができる暮らしのエッセンスなのだろう。古民家調の詫び寂び空間で、器の中で織りなす小さな幸せに日々癒されているのだ。

(左)若草色の壁とマッチしたテレビボード「部屋との統一感を持たせたくてウッディーなものに。部屋のインテリアは、ルームクリップやSNSを参考にしました」(右)シンプルなキッチンには、こだわりの調理道具がずらり。「調理器具も一から揃えました。基本的なもの以外にも、砥石の砥面を水平に保てる面直し用の砥石を買ったり。欲しいものがどんどん増えていくので仕舞う場所に困ってます(笑)」

(左)お姉さんから引っ越し祝いにもらったという時計と一体型の木製ボード。幼少期の頃のKさんや祖父母と一緒に撮ったという写真を飾っていて、和みの空間になっている(右)「この盆栽ももらったものなんですけど、この部屋に合っていて気に入っています」

五感を魅了する、
和菓子の魅力と美学

この部屋に越して半年ほど経ち、自分のペースで暮らすことの楽しさを覚えたKさん。和食以外にも、こだわりの食をこの部屋で堪能しているという。

「実は和食と同じくらい和菓子が好きなんです。子どもの頃は、誕生日にはケーキじゃなくて饅頭にろうそくを挿して食べていたんですよ(笑)。職人が作り出す繊細な味に子どもながらに感動して、それ以来、甘味と言えば和菓子。美味しい和菓子があると聞けば、遠くても買いに行ってます。最近のヒット和菓子は、虎ノ門にある岡埜榮泉(おかのえいせん)の豆大福。皮が柔らかくて滑らかなこしあんがたっぷり、甘さと塩気の塩梅が絶妙で絶品でした」

思い出しながら幸せそうに語るKさんを見ていると、相当美味しいのかがわかる。興味をそそるシズルワードを駆使した食の表現に誘われ、思わずググってしまった。

「和菓子への情熱は人一倍持っていると思います。だから伝えることにも人一倍気を使っているかもしれないです。今働いている会社は、僕が大学三年のときに同じ年の友達2人とともに立ち上げたんですけど、実は途中、和菓子の仕事をしたこともあって。ビジネスにITツールの力を取り入れて支援するってことを和菓子に置き換え、商品を世に広めるってことをしていました。1年くらいその仕事をしたのちに今の会社に戻ったんですけど、その経験は自分の糧になっていると思います」

ここまで真剣に和菓子と向き合うとは、情熱を飛び越え、もはや愛。こんなにも愛してやまない和菓子だが、和菓子そのものについて考えるきっかけを与えてもらったという本があるのだとか。

「小石川にある和菓子店、一幸庵(いっこうあん)の店主、水上力さんの考えにとても共感して。いくら美味しくても、和菓子の魅力が後世に伝わらなければ日本の伝統である和菓子は滅んでしまう。和菓子職人が抱える後継者不足に向き合い、日本だけでなく世界へ発信しようと日々活動しているんです。その一つとして出版したのがこの本で。和菓子の魅力が詰まっていて、本当に素晴らしいです」



水上力さんは、和菓子業界の危機意識に一石を投じるべく、クラウドファンディングを行い和菓子の魅力が詰まった本を出版したという。

「今は職人がいるから美味しい和菓子が食べられるけど、後継者がいなくなったら、それもできなくなってしまう。この伝統技術をなくさないためにも、和菓子の世界を深く知り、何かできたらと思っているんです」

和菓子と真剣に向き合ったからこそ知った、現実。今は何ができるか分からないけれど、その現実を知ったことで、自分ができることを日々模索していくのだろう。

和菓子のように柔らかなその佇まいには、豊かな感受性に溢れ他人を思いやる大和魂が息づいていた。



(上)「仕事の合間や、ほっと一息つきたいときに和菓子を食べることが多いです」木の息遣いを感じる和の空間で味わう和菓子は格別だという。(左下)白樺の木をイメージしたという羊羹。「この羊羹は頂きもので。糸を引きながら羊羹を押し出して、切り取りながら食べるんです。和菓子が好きだと言うと、和菓子をいただくことが多くて(笑)。ありがたいですよね」(右下)「和菓子を食べる時は、おばあちゃんから譲り受けたお皿に置きます」熱いお茶とともにいただく大きなあんぽ柿は、さぞ美味しいことだろう。

四季折々を感じる場所に
未来の自分を重ねる

和モダン空間で、和食に舌鼓を打ち和菓子を食べてほっと一息。そんな何気ないひと時を大切にしているKさん。今は会社と家の往復をしながら生活のリズムを刻んでいるそうだが、今後はそのリズムに変化はあるのだろうか?

「5年を目安に会社を100人規模にしたいと考えていて。小さなことから少しずつ、地に足が付いたことを地道にやっていきたいです。やる気に満ちた、気合の入った子たちが多いので、どんどん上昇している感を味わってもらいたい。器のある会社にしたいって思いはもちろん、個人としての実力もつけていけたらと思っています」



和食や和菓子のように手間暇かけて……、人との関係も丁寧に築き上げていくのだろう。由緒正しい建築物や庭園があり、洗練された街に会社と居住地があるわけだが、安住の地として求めている場所はこのエリアではないという。

「都心に住みたいとは思っていなくて。結婚して子どもを育てるとなったとき、一軒家で広い庭があってペットもいて緑があって……っていうのが理想です。のびのび育ちそうじゃないですか(笑)。以前デジタルデトックスをしようと、スマホとパソコンを持たず、本を50冊くらい詰めて京都の古民家に4泊5日で泊まったことがあるんです。近くのコンビニまで40分くらいかかって不便ではあるけど、自然豊かで木の温もりを感じられてすごく良かった。こういったところに、いずれ住んでみたいって思いはありますね」

春風に舞う桜を慈しみ、夕立後の虹に心躍らせ、散りもみじに儚さを感じ、除夜の鐘を聞き新年を迎える……。

季節の移ろいを感じる場所で、和食を作りながら和菓子をいただく——。いつかのその日まで、今日も和モダン茶の間で出汁の良い香りを漂わせながら、ほっと一息、和菓子に舌鼓を打つのだ。

(左)テレビボードの上には読みかけの本が並ぶ。「本を読むのが好きなので結構買っています。仕事関係の本だけじゃなく、漫画も良く読むんですよ。漫画用のスマホがあって、そこには1000冊くらいダウンロードしています」(右)「ヴァイオレット・エヴァーガーデンが好きで、その影響でシーリングスタンプのセットを買いました。まだ手紙は書き途中なんですけど、これを使って出したいですね」

Text: Tomomi Okudaira
Photograph: Hiroshi Yahata