T.Sさんの仕事は、社会人を対象としたカウンセラー。ここへ越して来る際、リノベーションルームを第一希望に探していたのは住処というよりも「落ち着いた雰囲気のカウンセリングルーム」だった。そしてこの部屋を新たなスタートの地として、カウンセラーの道を歩み始めたばかりのT.Sさん。
「作り手の感性や思いが生かされたリノベーションルームには、以前からとても興味がありました。REISMさんのこの『Hondana』の部屋は、第一印象からとても良くて。真っ先に目に飛び込んだのは、この本棚の品のある色調だったんです。」
建具屋職人の手仕事によるこの本棚は、グレード感のあるシックな色のシナランバー製。その風合いはまるで長い年月を経たアンティーク家具のように、厳かな存在感を放っている。趣のある空間に、心から惚れ込んだT.Sさん。この部屋に引っ越して来てまず最初に、カウンセリング用にと用意していた少し背の高いテーブルを置いてみた。すると、テーブルはまるであつらえたように本棚の高さとぴったり一致した。住人と部屋が引き合う運命ってこういうことなんだ、と感じずにはいられなかった。
そんなジャストサイズの家具をはじめ、この部屋にシンプルに配置された書物や生活アイテムやすべてのインテリアからは、ほどよい緊張感とともに安心感や暖かみが伝わってくる。「一寸のスキもないおだやかさ」とでも表現したくなるこの空間は、おそらくT.Sさんの人柄そのものなのだろう。
「オフの状態を作ってしまうと、この部屋の均衡がくずれてしまう。だからここに居る時、いついかなる時でもつねにオンのままでいるんです。」
カウンセリングルームの中に自分が暮らす、というコンセプトのもと構成されているT.Sさんの本棚の部屋。仕事場兼住居というスタイル自体は珍しくないが、ここまで徹底してインテリアから寝食にいたるまですべてを仕事モードに合わせ決してオフ状態にしない姿勢には、心底驚かされる。
カウンセリングに訪れるクライアントのために、TVなどの日常品は一切置かない。あるのは、セッションをするためのごくシンプルなテーブルと椅子、書物の並んだ本棚とパソコンと、小さなソファ、そしてバーカウンターのみ。そんな非日常的で生活感のない空間だからこそ、クライアントは安心して底からの声を発し、明日からの希望やヒントを得て帰ることができる。
また、本棚に心理学やビジネス書など、多彩な分野の書物をさりげなく配する事でさらに良い効果も生み出している。背表紙を見たクライアントの知的好奇心を刺激し、時には話の糸口となることもあるのだ。これからも書物をどんどん増やして行くつもりだと言うT.Sさんの要望にも、この本棚なら素晴らしい収納力でぞんぶんに応えてくれる。
暮らす人と部屋の持つポテンシャルが合わさって、この空間はこれからもっと良質なカウンセリングルームへと成長していくことだろう。
以前はカフェの店長として働いていたT.Sさん。初めて出場したバリスタのコンテストでは日本で6位という優秀な成績をおさめている。その腕前を活かし、クライアントとのセッションの際には必ず1杯の飲み物を提供するのがT.Sさんのカウンセリングの流儀。
「相談事や集中力が霧散しないよう、できるだけ味や香りのやさしいコーヒーやお茶などを選んでご提供しています。リラックスが目的ではなく、どちらかというと“気づきをうながす”コーチングに近いカウンセリングなので、相談者さまの心をほぐしすぎず、ほどよく鼓舞する演出が必要不可欠なんです。」
空間や自分自身が「ニュートラル」で居ることで、クライアントの声や潜在意識を最大限に引き出す。そのためには、すみずみの演出まで徹底的に気を配る。決して「オフ」を作らず空間のバランスを保つ理由は、まさにそこにあった。
カフェの前には美容師として働き、ずっと「ヒトの外見を整えるだけでなく、内側も整えてあげたい」という志があった。自らのアンテナをつねにマックスに立て、お洒落だと思うことや人にとって良いと思うことだけをただひたすらに取り入れてきた。そして出来上がったのがこのカウンセリングルームなのだ。
いつの日か、もっと広い世界の人に向けて活動をしたいというT.Sさんの夢を、『Hondana』の部屋は静かに、そして誰よりも温かく見守っている。
Tanemura Life Counseling(http://tanemura-life-counseling.jp/)
Text: Yuzuka Matsumoto
Photograph: Yoshinori Tonari
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