小林夕子
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。
ようやく長い冬を終え、ついにサマータイムが開始したメルボルンよりお届けしております、皆さんいかがお過ごしですか?日に日に濃くなる街路樹の緑に夏の気配を感じる、この時期の徒歩通勤は毎朝ウキウキします。
メルボルン中心街(CBD)に続くセント・キルダ・ロード(St.Kilda Road)。毎朝この緑に癒されています。
「やっと暖かくなった!」といわんばかりに、冬眠していたメルバーニアン(メルボルンっ子)たちが一斉に外に出てくるので、晴れた日の公園や川沿いは人で溢れています。お散歩している人、ジョギングする人、サイクリングやキックボード、スケボーを楽しんでいる人などで、街がどんどんと活動的に、カラフルになってきました。
夕方、ヤラ川(Yarra River)を走っていると、レガッタの練習風景を目にします。
ということで、今回はメルボルン・ライフとは切っても切り離せないスポーツとフィットネスをテーマにお届けしたいと思います。
メルバーニアンのフィットネス事情をご紹介する前に、まずオーストラリアがどれだけスポーツ大国か、簡単にご紹介したいと思います。例えば、私が住むメルボルンで行われているスポーツの年間カレンダーはこんな感じです:
春(9月~11月):競馬(Melbourne Cup Carnival)
夏(12月~2月):クリケット、ゴルフ、全豪オープン・テニス(こちらについては年明けに取り上げます!)
秋(3月~5月):F1、サーフィン
冬(6月~8月):オージー・ルール・フットボール(通称フッティー/Footy)
ただ、これはメルボルンのあるビクトリア州に限った場合で、オーストラリア全土となると、さらにサッカーやラグビーが加わることに。ここまでくると私もお手上げです!
ちなみに、フッティーの決勝が行われる9月の最終土曜日の前日(つまり金曜日)と、メルボルン・カップという豪州最大の競馬レースが開催される11月の第1火曜日は、ビクトリア州限定で祝日になっているのがびっくり。まるで州政府から「フッティー前夜祭で大いに盛り上がってこい!」「競馬で大穴当ててこい!」といわれているような感じです…。
2019年の優勝チームはリッチモンド・タイガーズ(Richmond Tigers)。決勝戦は土曜の午後2時キックオフ。大注目の一戦のため、昼過ぎになるとほとんどの店が閉まり始め、パブを除いて街は閑散とします。
メルボルン・カップは競馬の一大イベントでありながら、ファッションや食の祭典でもあります。
幼い頃からこれだけのスポーツに触れて育ったメルバーニアンのDNAには、スポーツというものがきっと深~く刻み込まれているのでしょう。これを実感したのはメルボルンの会社で働き始めてからでした。
例えば、朝の挨拶。「おはようございます」と言い合うだけで終わることはまずありません。その後に必ず「どう、元気?」と続くのです。
時間がないときは「Not bad(まあまあ)」で片付けても許されますが、それがずっと続くと「愛想がない人」「自分に対して興味がない人」と思われて、仕事にも影響が出てしまうことも…。
こちらで働き始めたばかりの頃、この匙加減がわからず、だいぶ苦労しました!
では、人種や国籍、文化が違う同僚相手に、どんなネタを振ればいいのか…?人種・政治・宗教ネタはもちろん、相手のプライベートに踏み込みすぎたネタはNGです。となると、週末ネタで返すのが一番手っ取り早いのですが、前週末の過ごし方にまつわる話ができるのは、せいぜい火曜日くらいまで。
そこで無難なのがスポーツです。「昨日のあの試合、盛り上がったよね~!」「君の応援しているチーム(or国)が勝ち進んだね、おめでとう!」なんて会話が、フロアのあちこちで飛び交うのが日常的な朝の風景。
特に、フッティーが開催されている4月~9月にかけては、朝の挨拶の9割を占めるのがフッティーのこと。
こちらで働く友人の日本人女性は、営業職に異動が決まった瞬間、フッティーの試合をフォローしはじめたそう。なんでも、クライアントであるオージー男性相手にフッティーの話ができなければ、仕事の話もままならないとか…。
フッティー人気は凄まじく、2016年からなんと女性リーグも始まりました。
私も毎朝ラジオでスポーツ関連の主要トピックスを頭に入れてから出勤するようになりました。すると、同僚との挨拶に少しだけバリエーションがつけられて、ちょっと距離感も縮まった気がします。
しかし、メルバーニアンはスポーツを見るだけでなく、みずから体を動かすことにも積極的。
まったくスポーツ観戦に興味がなかった私でも、テレビで試合を見たり、友人に誘われてスタジアムで観戦するようになったりしましたが、実際に運動をするとなるとハードルは高く、なかなか重い腰が上がりませんでした。
メルボルンに来た当時の私を知るオージーの友人によると、「車を停めている駐車場まで歩くのも渋っていたほど」ですから、ひどいものですね。移住する前は、「メルボルンに行ったら、オシャレに海辺でヨガとかピラティス始めちゃうのかな~」なんて妄想を膨らませていたのですが、妄想で終わりました…。
ただ、そんな運動からかけ離れた私をすこ~しだけやる気にさせてくれたのは、シドニーに向かう飛行機の中で何気なく手に取った機内誌の記事です。
シドニーの中心街で働くある男性のライフスタイルを紹介した内容で、彼の悩みは日に日にひどくなる交通渋滞と満員電車。そこで彼が思いついたのは「シドニー湾に面した事務所まで、自宅からカヤックで通勤すればいい」と…!
「え、カヤック?自転車ならまだしもカヤック?」と軽い衝撃を受けたのです。
カヤックで通勤とはこんな感じなのでしょうか…?シドニー湾でカヤックの体験ツアーができるようなので、今度試してみようと思います。
「そうか、難しく考えないで通勤に運動を取り入れればいいのか」と、ごく当たり前なことに気がついた私。それからというもの、同僚の通勤スタイルが気になって、スポーツウェアで出勤する同僚を見かけるたびに「どうやって通勤しているの?」と聞いてみることに。
さすがに「カヤック」というツワモノはいませんでしたが、自転車(全身タイツの本気ライダー)やランニング通勤している人たちが結構いることに驚きました。シャワーやタオルの貸し出しなど、会社の設備が充実していることも、そのスタイルを後押ししているのでしょう。
朝のセント・キルダ・ロード(St Kilda Road)の通勤風景。自転車専用レーンを走り去っていくスピードはかなり高速です。
毎年10月にオーストラリア全国で開催されるRide 2 Work Day(ライド・トゥ・ワーク・デイ)。地球温暖化防止を啓蒙するために始まったイベントで、二酸化炭素を排出しない通勤手段を推奨しています。
サウス・メルボルン・マーケット(South Melbourne Market)では、参加者に無料で朝食(コーヒー、フルーツ、マフィン)が振る舞われるほか、自転車のメンテナンス・サービスも行っているとか。
こういった通勤スタイルに触発された私は、当時引越しを考えていたこともあり、あえて会社まで公共交通機関でのアクセスが悪いアパートメントに住むことを決め、片道20分の徒歩通勤を始めたのでした。
通勤ならサボれませんから!
こうして始まった私の徒歩20分通勤、そこからランニングを始めるまで、長く時間はかかりませんでした。詳しくは当連載の初回でも触れているので省きますが、ランニングが生活の一部となって早6年、ここまで続けてこられたのは、確実にメルボルンの環境と、ここに住む人たちのライフスタイルが大きく影響しています。
環境という意味では、メルボルン市街、もしくはトラムで10分以内の場所に公園や川、海があるので気軽に運動できたり、年間を通してランニングのイベントが開催されるため、常にやる気スイッチを押してもらえたりすること。
また、住む人たちからの影響という面では、同僚や知り合いのほとんどが日常的に運動していること。周囲の人がやっているというのは、ものすごくモチベーションにつながるんですよね。
ランニング・コースからの眺め。見えている塔は、演劇・バレエ・オーケストラなどの公演が楽しめるアーツ・センター・メルボルン(Arts Centre Melbourne)。
もちろん、同僚たちとの朝の挨拶では、フィットネスについて盛り上がることもしばしば。その中でも印象的だったエピソードを紹介しましょう。
※年齢を聞くことはできないので、すべて推定です。
S.S.さん(30代女性・財務系):
日頃から「いい筋肉しているな〜」と思っていたSさん。トライアスロンにはまり、数年前からトレーニングをしていると聞いていたので、「最近、どう?」と訊ねてみると、現在はなんとボディビルディングをやっているのだとか。
毎朝ジムでのトレーニングを欠かさず、大会前は会社のキッチンで鶏ササミをレンジでチンしているところによく遭遇します。シングルマザーとして子供を育てながらフルタイムで働き、さらにボディビルの大会に参加…頭が下がります。
M.E.さん(50代男性・財務系):
フルマラソンを3時間半で完走する2児のお父さん。最近は、同じくマラソンに励む12歳の息子がメキメキ力をつけてきているそうで、負けじとトレーニングに励んでいるといいます。
ほぼ毎朝5時に起きて10km走をこなし、週2~3回はお昼休みか終業後にジムで筋トレ。早朝ランはMさんの大切な「一人の時間」であることを理解している家族は、週末は彼のランが終わる7時前には起床しない、というのが暗黙のルールだそう。
M.C.さん(40代男性・人事系):
ランニングに人生を捧げているといっても過言ではないMさん(パートナーあり、子供なし)。数年前に走ることに目覚めてからは、ストレスフルな職場をきっぱりと辞めて、お給料は下がっても週4日勤務でライフ・ワーク・バランスが維持できる企業に転職しました。
それからというもの、自由になる時間はほぼすべてランニングとトレーニングに費やしているそう。毎朝1~2km泳いで、終業後は15km走かジムで筋トレ。週末はこれに20〜50km走(!)が加わるといいます。しかも、マラソンなどのレース前はさらに負荷をかけているらしく、ここまでくるともうアスリートの域です。ちなみにフルマラソンはサブ3(3時間以内で完走)。
豪州保健省によると、3人に2人が過体重、または肥満といわれるオーストラリアにおいては、この3人の運動に対するストイックさは少数派なのかもしれませんが、メルボルンの人たちは人目を気にすることなく好きな格好で、とても楽しそうに走ったりエクササイズしたりしています。
運動する人に優しいこの環境こそが、私を走らせてくれているのではないかなと思う今日この頃。
そんなこんなで、10月に開催されたメルボルン・マラソン・フェスティバル(Melbourne Marathon Festival)にて、私は無事4回目のフルマラソンを完走することができました。
早朝7時のスタートを待つフル走者たち。この日は天候に恵まれ、最高のラン日和になりました。
2019年のメルボルン・マラソン・フェスティバルは、3kmと5kmを除いて、フル、ハーフ、10kmという3つの部門がソールドアウトとなり、参加者は過去最多の36,000人以上を記録。
その翌日、どこもかしこも痛む体を引きずりながら出社した私。ロボコップさながらのぎこちない動きを見て、「どうしたんだい?」と声をかけてくれる同僚に、「いや~、昨日フルマラソン走ったらさ…」と口を開くと、「フルマラソンだって?それはすごいな!完走したのか?どうだった?」と質問攻めに遭いました。
さらに、私のフルマラソン完走の噂を聞きつけた隣の部署の同僚が、わざわざ「おめでとう!」と言いにきてくれたり、その日の会議では拍手されたりと、うれしいやら恥ずかしいやらの1日に…。
そう、オージーは、スポーツなどの運動で何かを成し遂げると、これでもかというくらい褒めちぎってくれるのです。言われるほうももちろん悪い気はしないので、私も同じように相手を褒めちぎる。このやりとりが運動を続けるにあたって最大の励みになっていることは言うまでもありません。
ということで、私は来年のフルマラソンに向けてまたゆるりと走り始めるとしましょう。
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