「落書き」なんていわせない、街に溢れるストリート・アート

小林夕子 
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。

サマータイムも終わり、すっかり秋の気配が深まってきたメルボルンからお届けしております、皆さんいかがお過ごしですか?
黄色や赤茶色に染まり始めた街路樹を、和らいだ日差しがそっと包み込むこの季節は、1年の中で最もランニングが楽しく感じられます。おのずと周囲の風景に目を向けることが多くなる今日この頃ですが、そこでよく目に飛び込んでくるのが、スプレー塗料で書かれたグラフィティ。

ランニング・コースにある標識は、もはや伝えるべき情報が埋没。
これは「落書き」の部類に入るのでしょうけれども、見続けているとなんだかオシャレに見えてくるから不思議。

よく行くサウス・メルボルン・マーケットの近くの人気カフェ「シェ・ドレ」(Chez Dré)の入り口に続く、路地裏に描かれたインパクト大の作品。

ストリート・アート・シーンはいかにして発展したか?

「芸術の街」としても知られるメルボルン。その名を一躍国際的に有名にしたのは、ストリート・アートの発展だといわれています。ではどのように発展したのか?――いわゆる「正統派アート」の中心であるアーツ区域(Arts Precinct)にそびえ立つ、ヴィクトリア国立美術館(National Gallery of Victoria、通称NGV)が、2004年に当時メルボルン各地で活躍していたストリート・アーティストの作品を購入し始めたのが発端なのだとか。「正統派」が「異端」を取り入れる、このパラドックスと包容力こそが私の考えるメルボルン、そしてオーストラリアの魅力のひとつです。

一方で、このころからヴィクトリア州政府内では、国内外からの観光客を誘致したいヴィクトリア州政府観光局(Visit Victoria)と、その反対派のあいだで、「<グラフィティ>と<アート>の線引きは?」という非常に主観的な議論が始まりますが、もちろん結論は出ません(笑)。そんなグレーな状態にしびれを切らしたのか、メルボルン市は2014年に「グラフィティ(違法な落書き)」と「建物の所有者・自治体の許可を得たアート」を区別するガイドライン(Graffiti Management Plan)の発表に踏み切ります。これに対し、州政府は規制強化・厳罰化することもできたにもかかわらず、事態をまさかの静観。これら一連の動きは、「負け犬(Underdog)」をこよなく愛する、反骨精神に溢れたオージー気質に下支えされた結果なのでは、というのが私の勝手な仮説です。

メルボルン中心街(CBD)のデパートが立ち並ぶバーク・ストリート(Bourke Street)から、一本入った路地裏ユニオン・レーン(Union Lane)。今日も新作が上書きされていきます。手前は「違法な落書き」?

絶えず変化するストリート・アートの「今」

こういったことを背景に、メルボルンのストリート・アート・シーンは、国内外のアーティストを巻き込みながら爆発的に躍進していきます。中でも、ガイドブックにも載っているメルボルン中心街(CBD)の人気スポット、ホージャー・レーン(Hosier Lane)は、前述のアーツ区域からヤラ川の対岸に渡り、たった徒歩10分という近距離に位置します。

ホージャー・レーンの壁に描かれた絵。きちんと作家のサイン入りです。

雨に濡れた石畳に、カラフルなストリート・アートが映えます。

洗練された外観のショップと、ホージャー・レーンの賑やかなストリート・アートのギャップにいつも驚かされます。昼夜を問わず観光客の足が途絶えません。

ここから5分ほど東方向に歩くと、人気レストランが集中するAC/DCレーン(AC/DC Lane。オーストラリアの有名ロック・バンド、AC/DCにちなんで名付けられた)に到着。個人的にはこちらの路地のほうが好みです。何年も前から残っているものもあれば、絶えず塗り替えられものも。訪れる人に、いつも新鮮な「今」の姿を見せてくれるのも、ストリート・アートの魅力のひとつかもしれません。

こちらはAC/DCレーンに「常設」されている作品。

AC/DCレーンから続く、ダックボード・プレイス(Duckboard Place)の縦長の作品も必見。人気レストランが立ち並ぶこの一画は、友人と食事に来る際に、最新作を探し出すのも楽しみのひとつ。

かわいらしい作品もあれば、ひねりを効かせたものも。LGBTに寛容なメルボルンらしい作品です。

ここ、AC/DCレーンには、ゲリラ的に出没しては世間を賑わしてくれているバンクシーの作品もあったようですが、約5年前に建設工事中に壊されてしまったのだとか。その際に、「残存するバンクシーの作品をNGVが保護すべきでは?」という議論が巻き起こったそうですが、そもそもストリート・アートは「絶えず変化し、一時的で儚いもの」という、前述の市のガイドラインに基づき、保護されなかったそうです。

ストリートから廃墟へ、ストリート・アートの今後は?

NGVなど国を代表する美術館に買い取られるものと、そうでないもの。「その境界線は?」と答えのない問いが頭をグルグルしていた2019年4月某日、メルボルンから東に約1時間車を走らせた、ダンデノン(Dendenong)で開催された話題の展示会「EMPIRE – RONE」に行ってきました。メルボルン出身のストリート・アーティスト、Roneことタイローン・ライト(Tyrone Wright)が、過去25年廃墟となっていた築100年のアール・デコ調の邸宅に壁画を施すというのですから、見逃すわけにはいきません! 

1933年、実業家アルフレド・ニコラス(Alfred Nicholas)の邸宅として建てられ、その後は小児科病棟、ホテルなどとして利用された後、90年代後半に廃墟となったという会場。
東京ドーム5個分の敷地に広がる森の中に、今もひっそりと佇んでいます。
出典:Courtesy of State Library of Victoria

会場の入り口である、正面玄関の赤いビロードのカーテンをくぐり抜けると、そっと舞い上がるほこりを前に、ふと時間の流れが変わる感覚を覚えました。急き立てられるように、何らかの事情で洋館を立ち去るしかなかった住人と、この館を往来したであろう客人を想起させる世界観。ミステリアスな雰囲気に包まれながらも、廃墟に付き物である虚無感や凍てつきを感じないのは、各部屋でRoneのミューズが物憂げな表情で私たちを出迎えてくれるからでしょう。 

晩餐会の名残惜しさを演出するのは、オーストラリア全土から集められた調度品。奥のバーにはほこりをかぶったシャンパンタワーが。

窓の雨跡も、実は内側に絵の具で描かれたもの。開催期間中、定期的に外の森から枯葉や枝がかき集められ、「新鮮」なものと入れ替えていたそう。

作品「サンルーム」(The Sun Room)。館内に立ち込める白い「ほこり」の正体は、なんと敷地内のカフェ「Piggery Café」にあるピザ窯の灰。定期的にお裾分けしてもらっていたとのこと。

私がここを訪れることになったのは最終日というのもあり、ネット上ではチケットは売り切れ。あきらめかけていた私に、友人は「そもそも落書きからキャリアをスタートさせたアーティストの展示会最終日に、当日券を出さないなんて、そんなアン・オーストラリアン(Un-Australian)なことあるはずない!」と主張します。そして、入場できるか半信半疑のまま現地に向かうと、私たちと同じ境遇のオージーたちが、続々と当日券待ちの列をなしているではないですか。

「売り切れだからってあきらめない、あなたたちのその前向きなスピリット、最高よ〜!」と明るく待ち時間の案内をしてくれるスタッフ。待つこと数十分で無事入場、私もまだまだ修行が足りないと実感した瞬間でした。 

6週間で約28,000人を動員し、連日ほぼ満員。短気だと思われがちなオージーですが、案外礼儀正しく並びます。前後の人たちと、自然に会話が生まれるのもオーストラリアならでは。

また、最終日のもうひとつのサプライズは、お忍びで来館していたRone本人を見かけたこと。12ヵ月ものあいだ、魂を込めて制作した壁画が、展示会が終了した翌日には取り壊されることを、彼はどう感じているのだろう。そんなことを考えながら本人とすれ違ったところ、彼と一緒にいたのは、とある有名な政治家夫婦だと友人が教えてくれました。

ストリート・アーティストと政治家という異色の組み合わせに、メルボルンのアート・シーンの未来を垣間見た気がしました。さらには、今にも床が抜けそうな廃墟でストリート・アーティストの展示会が開催され、それをメルボルン州政府観光局が完全バックアップする事実に、頭の中をグルグルしていた「保護されるものと、そうでないものの境界線は?」という問いの答えを見つけた気がします。

それは、ストリート・アートを保護するだけが答えではなく、「絶えず変化し、一時的で儚いもの」だと受け入れて、「今」を味わうこと。明日には取り壊されてしまうから、見たい、感じたいと思わせる、それこそがストリート・アートの魅力なのではないでしょうか。

この展示会の個人的なハイライトだった作品「書斎」(The Study)。タイプライターのインクとも思える漆黒の液体に映し出されるミューズ。

「古き良きもの」と「新しいもの」が同居するところに、200以上の国と地域からやってきた人々が日々闊歩し、生活する。これがメルボルンをたまらなく魅力的な街に仕上げてくれています。チケットが売り切れだからってあきらめない、議論の白黒がつかなくても、とりあえずやってみる。この精神こそが、私がオーストラリアを愛おしく思う理由のひとつです。