宮原亜矢
ロサンゼルス在住ライター。ラジオ、雑誌、テレビ、ウェブなど様々な媒体で洋楽(主にロック)を紹介。2000年代前半から毎年1−2回は欧米のフェスやコンサートに足を運び、フォトグラファーを兼任することも。2011年から拠点をロサンゼルスに移すと、米中西部出身のアメリカ人と砂漠で出逢って国際結婚、コンテンポラリーアートを紹介する業務にも着手するなど良い意味で想定外の人生を歩むことに。様々な面で文化の壁、言葉の壁にぶつかりながらもLife Is Beautifulを実感している。
インスタグラム:https://www.instagram.com/ayarchyintheus/
ツイッター:@ayamiyahara
実はこの記事を認めているまさに2023年3月14日はロサンゼルス生活を始めて丸12年となる日なんです。もっというと2023年という年は私が初めてロサンゼルスを訪れて、「いつかここに絶対住む!」と決意してから20年という年。このページに寄稿するのはこれが最後ということも相まって今とても特別な思いを抱きながらパソコンに向かっています。
20年前に初めてこの地に足を踏み入れてからも、そしてこの場所で新たな生活を始めた12年前も、ロサンゼルスという場所は私にとってとても愛おしい場所。文化の違いや言葉の壁、直面する問題に頭を抱えることが少なくありませんが、それ以上にこの場所には住み続けていたくなる理由を3つ、このページの最後のテーマとしてご紹介します。
アメリカン・ドリーム…使い古されたかもしれないこの言葉ですが、世界中の人がロサンゼルスに住み始める一番の理由は、今も変わらずアメリカン・ドリームです。
私がここ最近で最も心揺さぶられたアメリカン・ドリームを叶えた人物、それが女優のミシェル・ヨーです。
第95回アカデミー賞で見事アジア人女性として初めて主演女優賞を獲得したミシェールはマレーシア出身。10代でロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ダンスでバレリーナの夢を追いかけるも怪我で断念した後、スタントをこなす女優として、香港映画界のスターに上りつめます。この時点で既に大きな成功を掴んだかのように思えますが、彼女は1996年にマレーシアを離れて『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』撮影をきっかけにハリウッド進出を目指します。
しかしハリウッドの壁は彼女の実力やキャリアを持ってしても楽ではなく、再び大きなチャンスを獲得したのは約20年経った2018年の『クレイジー・リッチ!』、そしてそこから『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で数々の映画賞を獲得するまでさらに約5年の月日がかかりました。今年8月で60歳ながら今まさに旬を迎えているミシェルが、「誰もあなたに「女盛りを過ぎた」なんて言わせないでください」と伝えながら、諦めないことの大切さ、夢は叶うことを自ら証明してくれましたが、彼女の言葉に説得力を持たせたのは彼女がここ、ロサンゼルス・ハリウッドで大きな夢を叶えたからこそ。彼女と比べれば私の夢は小さなものかもしれませんが、それでも彼女から勇気をもらいましたし、年齢なんて気にせずこれからも追いかけていきたいと思えるのです。
この12年、公私不問で多くの日本人の方をロサンゼルス観光に案内しました。でもロサンゼルスって平たく言うと案外田舎で、日本、特に東京から来た人にショッピングセンターやモールを案内しても日本の方が充実しているんです。なので、結局サンセットの時間に合わせてサンタモニカやベニスでサンセットを拝むのが一番の観光スポットかな?という結論に。でも、ここでみるサンセットって本当に綺麗ですし、上の写真のように。すごく手前味噌な話になりますが、私が夫からプロポーズされたのもそんなサンセットで柔らかな光に包まれたビーチでした。それもあって私の中では特別なのかもしれませんが。また、海も山も近場にあるロサンゼルスに暮らしているとワークアウト目的でハイキングをする人もとっても多く、たまに登ってみると急な勾配も軽やかにジョギングしていく人たちがいるんです。
こちらは高級住宅地、パロスバーデスにある公園で収めたサンセット。公園の先に広がるのは海。そこに沈んでいくサンセットを静かに眺めるのも最高です
グリフィス展望台へ向かうハイキングの途中で、お馴染みハリウッドサインを手のひらの上に乗せている感じで写真を撮ってみました(笑)余談ですが、英語だとhikingよりもtrekkingの方が少しハードなイメージで使われているイメージですが、実は厳密な違いってないらしいですよ
日中暑かった時に見かけることが多い気がするこの濃いピンクとブルーグレイの空。フィルターなしでこんなに綺麗な色が見られるのって素敵ですよね
地価の高騰に伴い、古くからあった建物が取り壊され、面白みの薄れた高級コンドがどんどん建設されてはいるものの、ここロサンゼルスという場所にはそこかしこに音楽の匂いがするのです。実はそれがこの先10年もきっと私がこの街に住み続けたいと思い続ける最大の理由です。私が日本に住んでいた頃に観ていたアーティストの拠点であることの多い場所ゆえ、好きなバンドをそれこそ毎年のように観られることもそうですが、そこに集う人たちも私を笑顔にさせる理由です。
ロサンゼルスを代表する老舗コンサート会場、Kia Forum(*旧名称:The Forum)はこの日マドンナの公演に合わせてライトアップがマドンナ色に
中華系の人が多く住むアルハンブラという地域にあるメタル/ハードロック系のファンに有名なバーガー屋さん、GRILL ‘EM ALL
私のように決して若くもない、しかもアジア人女性が一人でコンサート会場に足を運んでいると、気さくに話しかけてくれる人もいますし、なんならビールを1杯奢ってくれることもあります。普通に街中を散歩していてもロックTシャツを指差して「クールだね!」と話しかけられたりすることもあれば、私が相手にそう声をかけることも。中には今は大人気のバンドの友達なんて人と知り合うこともあったりするんです。音楽好きでなかったら私の英語力は今の半分以下だったと断言できるほど、英語話者の人たちとの会話を繋げてくれたのもロックのおかげ。実は20年前の夏に初めてロサンゼルスを訪れようと思ったきっかけもロックだったせいか、この12年、ロサンゼルスで私を支え続けてくれたのはロックなのです。
「カリフォルニアを一言で例えるなら?」と聞かれれば、迷わず私は「ロックの街」と答えることでしょう。
短い間ではありましたが、この連載を通じて私の愛する街、ロサンゼルスやそこに住む人々をご紹介できて光栄でした。いつかロサンゼルスでお目にかかれることを願っています。
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