小林夕子
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。
6月に入って暦の上でも本格的な冬に突入した、南半球のメルボルンからお届けしております、皆さんいかがお過ごしですか?
ここオーストラリアでは、外出規制が敷かれてから約2ヵ月が経過した5月下旬より、感染者数が減少して落ち着いてきたため、州ごとに段階的な規制緩和がなされている状況です。
中でも、メルボルンが位置するヴィクトリア州の規制緩和が一番遅く、6月からようやくカフェやレストラン、パブが人数を規制するなどの一部条件つきで営業が再開!
とはいえ、現在の規制緩和はソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、一人ひとりが感染拡大を防ぐ行動を取ることが大前提となっているため、完全に元通りの生活とはいきません。
そこで今回は、そんなニュー・ノーマル(新しい日常)に対応しようと模索する中、メルボルンで生まれた新しい形態の音楽フェスティバル「Isol-aid(アイソレイド)」についてご紹介します。
私がIsol-aidの存在を初めて知ったのは、実は初回が開催された翌日のニュース。「演奏する場所をなくした音楽アーティストが、自宅から生演奏をオンライン配信する」というコンセプトに興味を惹かれ、サイトをチェックしました。
1回限りのフェスかと思いきや、初回の大成功を受けて毎週末開催されることになったと知り、今となっては週末自宅で過ごすときのBGMとして、よく視聴しています。
Isol-aidが誕生したのは、オーストラリアが一斉にロックダウンに入った3月下旬、全国各地で予定されていたコンサートやライブイベント、音楽フェスは軒並みキャンセルとなったことがきっかけでした。
音楽関係者の多くは一夜にして半年先までのスケジュールが真っ白になってしまったのです。
そんな中、メルボルンを拠点に音楽プロモーターとして活躍するエミリー・ウルマンさん、そしてメルボルンを拠点に活動するミュージシャンのリアノン・アトキンソン・ホーワットさんと、彼女のマネージャーであるシャネン・イーガンさんが立ち上がります。
「悩んでいる暇があれば、即行動!」と、自分たちの置かれている状況を冷静に判断し、こう考えたといいます。
行動と外出の自由が効かないのであれば、オンラインでバーチャルに人とつながればいい――こうしてオーストラリアで初の試みとなった、オンライン音楽フェス・Isol-aid(Isolation Aidの略)の実現に向けて動き出したのでした。
彼女たちはそれぞれの人脈と業界経験を活かし、たった2日間でIsol-aidの基本コンセプトやアートワークを完成させ、出演アーティストもすべてブッキングが完了したというから驚きです。
では、Isol-aidの特徴を紹介しましょう。
基本コンセプトは、次の2つ。
・シャットダウンが始まってから孤独(Isolation)を感じている人と音楽でつながる
・一切の収入源を断たれた音楽コミュニティーの仲間を救済(Aid)する
具体的には、インスタグラムを利用して音楽ライブを無料配信し、その代わりに視聴者に対して寄付金を募り、オリジナルTシャツなどの物販販売の売上と合わせて音楽コミュニティーの救済支援に充てる――これがIso-aidの構想です。
物販の売り上げも100%音楽コミュニティーの支援に充てられます。
これがIsol-aidのロゴ。レトロなタイプフェースが目を惹きます。
開催告知のポスターには、新型コロナウイルスの流行初期に世界中で品切れとなったトイレットペーパーのイラストを採用。
トイレットペーパーを巡って、オーストラリアのスーパーで激しい争奪戦を繰り広げた女性客の映像を見たことがある方もいるのではないでしょうか。モリソン豪首相に「オーストラリアの恥」と言わしめたほどの珍事件をあえて選ぶセンスがニクイです。
#BREAKING: A scuffle broke out at a Woolworths in Chullora this morning with patrons coming to blows over toilet paper, forcing employees to intervene. Bankstown police attended the scene and no charges have been laid. #9News pic.twitter.com/9TmDAStb9D
— Nine News Australia (@9NewsAUS) March 7, 2020
出演アーティストのラインナップについて、3人が最も気を使った点は、演奏の順番だったといいます。
通常であれば、メイン・アクトに一番人気のあるアーティストを持ってくるところを、あえてその定石を無視し、駆け出しのアーティストもベテランと同様に扱うことを意識したそうです。
「Isol-aidの根底にあるのは、音楽コミュニティーを元気付けたい、この危機を一緒に乗り越えたいという思いです。コロナウイルスという目に見えない驚異を前に、フォロワー数が多い、人気があるなどといった議論は意味がありません。みんな置かれている境遇は同じなのです」とエミリーさん。
エミリーさんはメルボルンで最も長く続いているブランズウィック・ミュージック・フェスティバル(Brunswick Music Festival)の主催者でもあります。
そんな思いに共感した総勢74組のバンドとアーティストが第1回Isol-aidへの参加を表明。3月下旬に2日間にわたって開催されました。着想から企画、開催するまで、シャットダウン開始から1週間足らずとは…もはや衝撃です!
参加アーティストの一部。
そんな短期間で音楽フェスの開催を実現できたのは、
・インスタグラムという既存のプラットフォームを利用する
・各アーティストが自宅から配信する
といった手軽さ・気軽さが大きいでしょう。
通常の音楽フェスは、まず「会場を押さえる」ところから始まり、開催にあたって準備しなければならないことが山程ありますが、アーティストのスケジュールさえ押さえることができれば、準備にかかる時間や手間はだいぶ省略できますよね。
しかし、初回の当日は、アーティストはもちろん、視聴者にとってもすべてが初の試みだったため、ハプニングもいろいろ起こっていたようです。
まず、インスタグラムを利用して、どのようにして74組のアーティストが入れ替わるのか…が気になるところ。
各アーティストに与えられた持ち時間は20分。終演が近づくと、次のライブ配信がスタートするので、視聴者はその日のラインナップを参考に、次のアーティストの公式アカウントに移動してライブ配信を視聴する…という、リレー形式がとられました。
あくまでラインナップ表に記載されている時刻に沿って進行しているので、演奏を切り上げるタイミングが難しかったり、次のアーティストは「ちゃんと私映っている?声聞こえる?」と困惑したりする場面も。ただそんな空気も、視聴者からのチャット欄への書き込みが増えるにつれ、次第にリラックス・ムードに変わっていくのでした。
オーストラリアでは、「とりあえずやってみて、後で軌道修正する」のが物事の基本スタンス。Isol-aidも例に漏れず配信エラーなどのトラブルに見舞われるも、かえってその手作り感が視聴者にはウケたようです。
初回の2日間で集まった寄付金は12,000豪ドル(約90万円)を超え、駆け出しのアーティストも新たなファンを獲得できたとあって、大成功に終わったそうです。
こうして幕を閉じたIsol-aidは、翌日ABC(オーストラリア国営放送局)のトップニュースで取り上げられると、大きな反響を呼びました。
初回はアコースティックギター1本の演奏が多かったようです。自宅のリビングでくつろぎながらの雰囲気がいいですね。
出典:ABCニュース
テレビをつけても暗いニュースばかりで、職安に並ぶ失業者の映像を目にするたびに、胸をギュッと掴まれる思いでした。そんなとき、音楽コミュニティー救済のために、仕事を失った音楽関係者が立ち上がったニュースに希望を感じたのは、決して私だけではなかったのでしょう。
こうして1回限りのはずだったIsol-aidの2回目の告知がされるまでそう時間はかからず、その後は毎週末に開催されています。回を追うごとにバージョンアップしてスムーズに進行できており、いつしか週末の「お籠りイベント」として定着しました。
今や派生イベント「Iso-Late(アイソレイト)」が開催されたり、オーストラリアだけではなくUSやUKのアーティストも参加するようになっていたりと、どんどん進化を遂げています。
毎回異なるポスターを採用しているのも驚き。トイレットペーパーにパスタ、ハンドソープ、トマト缶、卵と、オーストラリアのスーパーで買い占めが起き品切れになっていた商品がモチーフになっています!
夜10時から深夜まで開催されるIso-Lateは、18禁のちょっぴり大人バージョン。
ライブ会場に足を運んで生の音楽を楽しむことこそが最高の体験だった私にとって、オンラインでの音楽フェスなんて…と思っていましたが、結論としてはこれもまたアリですね!
今や、週末に時間を見つけてはIsol-aidに参加している私。当初はスマホで視聴していたのですが、Isol-aidのサイトからもアクセスできると知ってからは、ラップトップ経由でアクセスしています。
Bluetoothで外部スピーカーに接続して視聴すると、臨場感が高まってなおベター。いつもほかのことをやりながら流しっぱなしにしているのですが、気がつくとラップトップのスクリーンに見入っている私がいます。
オンライン音楽フェスのお供は、最近ハマっているラム・ソーダ。音楽に合わせて自然とテンションが上がるので、飲み過ぎに注意です。
実際に参加してみて思ったのは、リアル(ライブ会場で見る)ではないけれども、リアルタイムで誰かとつながっている感覚は、想像していた以上に安心感をもたらしてくれるということ。
画面の向こうのアーティストにメッセージを送ることはできても、相手は私の顔を見ることはできません。一方通行なのに「今この瞬間に、私以外にもこの生演奏を聴いている人がいる」という感覚が、案外心地いいのです。
そしてアーティストを普段より身近に感じられるというのも大事なポイント。それぞれの自宅リビングやバルコニー、庭、バスルームなどから生演奏を配信しているので、まるでアーティスト本人のお宅に招いてもらったような感覚です。アーティストと視聴者の目線が近いというのも人気の秘訣なのかな、と思いました。
工夫を凝らした照明など、アーティストたちによるステージ(部屋)演出も必見!世界中から集まった視聴者に、アーティスト本人もご満悦のようです。
3月下旬の初回からすでに10回以上開催されているIsol-aidですが、いつまで続くのかはまったく不明…。日本からもアクセスできますので、まだまだSTAY HOMEが推奨されている今、ぜひ体験してみてください!思いがけない音楽との出会いが待っているかもしれません。
https://www.isolaidfestival.com
徐々に規制緩和が進んでいるオーストラリアではありますが、実に29年ぶりに景気後退に入るなど、決して明るい話題ばかりではありません。その一方で、Isol-aidのような新しい動きがどんどんと生まれているのも事実。そんなニュー・ノーマルができてきているオーストラリアは今後どう変わっていくのか、今は前向きな気持ちを忘れずに、私なりに見守っていきたいと思います。
それでは皆さん、Stay safe!
今回紹介したサイト
Isol-aid(アイソレイド)
公式サイト:https://www.isolaidfestival.com
インスタアカウント:https://www.instagram.com/isolaidfestival/
物販販売:https://store.sound-merch.com.au/collections/isol-aid
Support Act:https://supportact.org.au(オーストラリアの音楽業界支援特設サイト)
本文中の為替レート:1豪ドル = 75.24円
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