夏の風物詩、全豪オープン・テニス!

小林夕子 
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。

メルボルンが夏本番を迎える1月から2月にかけて、街はテニス一色に染まります。そう、メルボルンが1年の中で最も活気付く、全豪オープン・テニスの季節の到来です。 

全豪オープン・テニスは、プロテニス界で最も権威のある4大大会(グランドスラム)の一つ。にもかかわらず、メルボルンに引越すまでスポーツ全般にあまり興味がなかった私は、漠然と「メルボルンでテニスをやっているな」程度の印象しか持ち合わせていませんでした。

しかし、そんな私もテレビを通して会場の雰囲気や観客の盛り上がりを見ている内に「生で観てみたい!」と思うようになり、初めて会場に足を運んだのが10数年前。今では毎年欠かさず生観戦しに行っているほど、私の中で一大イベントとなっています。 

そこで今回は、全豪オープンがメルボルン市民を虜にする理由を、2020年の会場の様子を交えながらお届けします。

メルボルン中心街(CBD)にある公共スペース、フェデレーション・スクエアに設置されたパブリック・ビューイング会場。ここから続くテニスコートを模したブルー・カーペットの上を10分ほど歩くと、全豪オープンの会場入口が見えてくるというオシャレな演出も。

オーストラリアにとって「テニス」とは?

オーストラリアがどれだけスポーツ大国かは、以前のエントリーで少し触れましたが、その中でもテニスはオージーにとって夏の訪れを告げる一大イベントです。

本来なら、クリスマスと年末年始の休暇も終わり、お仕事モードにスイッチを切り替える頃なのですが、1月のオーストラリアはまだまだ「夏休み」。

どういうことかというと、オーストラリアの学校は12月中旬から一斉に夏休みに入り、新学期が始まるのは1月下旬から2月上旬にかけて。そのため、子供の休みに合わせて1月いっぱい夏休みをとる親が結構いるのです。日本の感覚からすると驚きですよね。 

一方で、1月から働き始めているオージーもちょっぴり夏休み気分を味わえるのが、1月26日のオーストラリア・デー(建国記念日)。祝日が少ない(年間約10日)この国では、前後の平日も休んで週末とくっつけて連休にしてしまうのがオージー流。全豪オープンの開催期間は、この国民の祝日の前後2週間に設定されているので、会場に足を運ぶにはうってつけ時期なのです。

そこまでのテニス・ファンではなくても、この時期は家族と友人を呼んでバーベキューを囲んで、ビール片手にテレビでテニス観戦、というのがオーストラリアの夏の定番スタイルなのです。

メルボルンの空気汚染が世界最高レベルに…

そんなオージーが心待ちにする全豪オープン・テニスですが、2020年大会はオーストラリアの森林火災の影響で、一時開催が危ぶまれるという非常事態に見舞われました。日本でも報道されているのでご存知の方も多いと思いますが、森林火災の規模と大会への影響について少しご紹介しましょう。

1年を通してかなり乾燥しているオーストラリアでは、真夏に気温40℃以上の「高温」に、「強風」という気象条件が加わると森林火災が発生します。決して珍しいことではないのですが、2019年11月から猛威を振るい始めた今シーズンの森林火災は、焼失面積が日本の本州の40%以上に相当するなど、例年にない規模でオーストラリア東部を焼き尽くしました。

ただ、幸いにも農地や都市部ではない地域で発生したため、人的・住宅被害は最小限に留まっているようです。とはいえ、長引く火災による消防士の精神的・肉体的な負担や、野生動物とその生息地への被害は計り知れません。

ニュー・サウス・ウェールズ州にあるオーストラリア大陸最高峰のコジオスコ山(標高2,228m)。2018年に登ったときは緑がいっぱいでしたが…。

メルボルンの都市部に住む私が、今回の森林火災の影響を肌で感じたのは、2度目の非常事態宣言が発令された2019年暮れ。猛暑日になると空は霞み、山火事の煙で空気が汚染され、外に出ると咳き込むほどになりました。年が明けても大気の状態が安定しない中、全豪オープンの出場選手はメルボルン入りしたのです。

この写真だと少しわかりづらいかもしれませんが、空が全体的にもやっています。通常は高層ビルの先も鮮明に見えるんですよ。

テニス界に広がる復興支援の輪

大気の状況が最も悪化したのは、本戦前の予選が行われていた1月中旬。一部の選手は棄権を余儀なくされるなど、「選手の健康を軽んじている」との批判にさらされた大会事務局は、プレーの中断基準を設けるなど対応に追われました。そんな中で立ち上がったのが、オーストラリアの男子テニス界のスーパースター、ニック・キリオスです。

ニック・キリオス(右)の呼び掛けに賛同した、世界的なトップ・プレイヤー、ロジャー・フェデラー(左)。

2019年末に地元キャンベラへ帰省した際、粉塵と煙の影響で外出もままならなかったことにショックを受けたキリオスは、今回の全豪オープンでサービス・エースをとるたびに200豪ドル(約15,000円)寄付することを発表。これをきっかけに続々と選手やテニス団体、テニス・ファンも寄付を表明するなど、復興支援の輪が広がりました。

さらにキリオスはトップ・プレイヤーたちにみずから声を掛け、大会事務局に働きかけて、豪州森林火災復興支援チャリティー・テニス・イベント「ラリー・フォー・リリーフ(Rally for Relief)」を本戦開幕前に実現。開催直前の発売だったにもかかわらず、チケットは即日完売。合計で約500万豪ドル(約3億8,000万円)の寄付金を集めるなど大成功に終わりました。

全豪オープン公式ホームページに設けられた森林火災復興支援の特設ページ。

テニス・ファンにはたまらない豪華な顔ぶれが集結。日本からは2019年の全豪オープン覇者、大坂なおみ選手が参加しました。

キリオスは、テニス界では「バッド・ボーイ(異端児)」の異名を持つ選手。これまでに数々の問題行動で物議を醸してきた選手だけに、今回の彼の行動には何より驚きました。テニスの実力は十分ですが、やんちゃすぎることから個人的に好みの選手ではなかったのですが、今回の一件で「案外いいヤツじゃん」と彼を見る目が変わったのは、きっと私だけではないはず。

その一方で、キリオスをはじめとする選手たちの声をしっかりと受け止め、急遽決定したイベント実現に向けて奔走したであろう、大会事務局側の功績も大きかったのではと想像します。これについて、テニス界のレジェンド、ロジャー・フェデラーのコメントが印象的だったのでご紹介します:

「トップ・プレイヤーであれば、誰もが今回のようなイベントの意義と重要性を理解している。しかし、時間的な制約があったり、運営サイドは採算性を無視できなかったりするため、現実的には難しい。幸いにも、オーストラリアはチャリティー精神を大切にする国。だからこそ事務局側も快諾してくれた。オーストラリアだから実現できたんだよ」

フェデラーからこんな嬉しい言葉をもらったら、フェデラー・ファンの多いオージーは「なんとしてでも良い大会にしよう!」と思いますよね。

ようこそ、「ハッピー・スラム」へ!

例年のお祭りムードとは、一味も二味も異なる雰囲気の中で迎えた2020年の全豪オープン・テニス。大雨が降った大会初日を除き、気温も高すぎることなく連日快晴に恵まれ、心配された大気汚染による試合への影響はほぼ見られませんでした。

私は、最も盛り上がりを見せるオーストラリア・デーを挟む週末に、会場となっているメルボルン・パークへ。ここではその日の場内の様子をお届けしましょう。

全豪オープンのメイン・スタジアムであるロッド・レーバー・アリーナは、オーストラリアの伝説的テニス・プレーヤーを冠した屋内競技場。オフ・シーズンは、コンサートやバスケ、レスリングの会場として利用されています。 

会場内の屋外カフェ。場内の至る所にカフェがあるあたりがメルボルンらしいです。

紳士のスポーツであるテニスは、厳粛な雰囲気の中でプレーされるイメージを持っている人がいるかもしれませんが、全豪オープンはとにかくカラフルで賑やか!世界中から集まるプレイヤーからは、「ハッピー・スラム」という愛称で親しまれています。
そんな愛称の面目躍如、「復興支援もしながらとことん楽しもう!」と言わんばかりに大会を盛り上げるオージーで会場は溢れかえっていました。

会場のメイン広場「グランド・スラム・オーバル」のオブジェは写真スポットとして大人気。

コートの外にはストリート・アートの街らしいカラフルなグラフィティが施されていたりも。

2019年の世界ランク1位、ラファエル・ナダルのイラストと写真が撮れるセルフィー・スタンド。

人混みの中でひときわ目立っていたテニス・ファンのお姉さま方。お祭り気分を盛り上げてくれます。

コアラやカンガルーのぬいぐるみショップ。収益はすべて森林火災で被害にあった野生動物保護・救済に寄付されるそうです。

こちらは、女子テニスの世界ランク1位(2020年2月現在)、オーストラリア出身のアシュリー・バーティの応援団、その名も「バーティ・パーティー」。目印はオーストラリアを代表する発酵食品「ベジマイト」のロゴをもじったド派手な黄色いTシャツです。どこにいてもとにかく目立っていました。

全身スパンコールのおばさま応援団も注目を集めていました。背中にはオーストラリア定番の応援コール”Aussie Aussie Aussie, Oi Oi Oi!”を施すなど凝っています。

ギリシャ系移民が多く住むメルボルンには、ギリシャ人選手を応援する地元ファンと思われる集団もいました。試合中の応援コールがうるさすぎて、一時退場を命じられる場面もあったとか。

外でまったり観戦するのがオージー流

この日は暑すぎず快晴だったので、芝生でリラックスしながらスクリーンで観戦する人も多くいました。

会場のあちこちに設置されたスクリーン。晴れた日は、ピクニック気分のゆるい感じでテニス観戦するのが定番スタイルです。

夏のメルボルンは夜8時半頃まで明るいので、屋外観戦にはもってこいの環境。もちろん日が落ちた後も試合が終わるまでたっぷり試合を堪能できます。

通常、屋外での飲酒にはとても厳しいオーストラリアですが、全豪オープンはキッズ・ゾーンを除くほぼすべてのエリアで飲酒可能と、お酒好きには嬉しいイベント。バーも場内のあちこちにあるので、ドリンク片手にぶらりと散歩するのも楽しいです。

イタリアで人気の食前酒アペロール・スプリッツのブースには卓球台が設置されていました。

地元ビール・ブランド、ピュア・ブロンド(Pure Blonde)のビア・ホール。テニスを観戦しに来たことを忘れてしまいそうなまったりとした雰囲気です。

もはやテーマパーク化する全豪オープン

テニス観戦だけでなく、「AOライブ・ステージ」でミュージシャンたちのライブを楽しむのも、全豪オープンの楽しみ方のひとつ。

AOライブ・ステージには、ファット・ボーイ・スリムやバスティル、ビリー・アイドルなど、豪華なアーティストが登場。

雰囲気はまるで音楽フェスのよう。

私が訪れたときはDJのパフォーマンスが行われていたのですが、若者たちが大音量の音楽に合わせて踊ったり飲んだりと、大変な盛り上がりを見せていました。年々、出演アーティストが豪華になってきているため、テニスではなくこのライブのためだけに会場入りする若者が増えているというのだから驚きです。

ただ、このAOライブ・ステージは18歳以上でないと入場できません。家族連れにオススメなのは、キッズ・ゾーン。ここ数年このキッズ・ゾーンの充実ぶりは目覚ましく、2020年は遊園地かと思うような全長35mの空中ブランコまで登場しました。

ビル群の前にそびえ立つ空中ブランコ。会場内で一番の絶景が楽しめるとか。

こちらは子供の熱中症対策にも一役買っている噴水パーク。暑い日は大人が水浴びしたいくらいですね…。

今回のキッズ・ゾーンで一番びっくりしたのが、こちらのジップライン。高台上のスタート地点までボルダリングで登っていくあたり、ひねりが効いていますよね。「私もやりたい!」と思ったのですが、8〜10歳対象とのことで断念…。

こちらはキッズ専用のテニスの打ちっぱなし。この中に未来のテニス・プレイヤーがいるかも…?

こんなに充実していて、14歳以下の子供の入場料は5豪ドル(約370円)と、物価が高いオーストラリアでは破格!家族連れにはとても嬉しいですよね。

最後に、自分のお土産として大会公式カタログを買うのが恒例なのですが、2020年は表紙のバリエーションがなんと6種類も!テニス・ファンの心をくすぐります。
迷った挙句、ここはやはり2019年全豪オープン女子シングルスで優勝した、大坂なおみ選手が表紙のものを購入しました。

売店スタッフの青年に「笑って!」とお願いしたら、精一杯のはにかみ笑顔を見せてくれました。

テニス・ファンでもそうでなくても楽しめる全豪オープン。場内に多くあるコートやスタジアムで同時に行われる試合の様子はもちろん、プレイヤーの練習風景など紹介したいことは尽きませんが、森林火災という大きな問題に直面しているオーストラリアでも、無事に一大イベントが開催されたことが伝わっていたら嬉しいです。

最後に、1日も早く森林火災が鎮火し、復興・再建に向けて動き出せるよう、そして時間がかかっても焼け果てた大地が再生することを願っています。

今回紹介したイベント:

全豪オープン・テニス(2020年1月20日〜2月2日にかけて開催)
https://ausopen.com